長くて短い東北ツアーで最初に歌ったのは、気仙沼漁港の、市場の前だった最初は駅前で歌おうと思ってたんだけど、電車の走らない駅はほとんど無人で、観光案内所で、地元避難所にいる人達の人数、それから亡くなった方々の多い地域などを聴いたあと、漁港を目指した。途中、再開された『お魚市場』というお店に立ち寄る。でかいカツオや、特大のサンマ、生の鮭などが、びっくりプライスでしたタラコと味ノリを買って、ノリ巻きタラコをモグモグやりながら、漁港に到着。道だけは新しく確保されていたものの、倒壊した家屋や潰れ落ちている変圧器、押しやられた車を見ながら、亡くなった人達に向けて歌う。優しい気持ちいっぱいを。ふと顔を上げると、女性が泣いて聴いていてくれてて、一緒にいた一人のアメリカ人がオレに話し掛けてきた。聴いてくれていた女性はユミさん。山間部でドッグランとペットホテルを経営していて、今は避難所にいる方々のペットを一時的に預かって、ペディグリーチャムの社員さん達が住み込みで、犬や猫の世話をしたりしている。撮影していたアメリカ人は、マーク・パウル。
20centuryのクリエーターで、ドキュメントを撮るために青森から海沿いをずっと歩いて来て、現在ユミさんのところで世話になっている。キリとユミさん二人がしばらく話してて、オレはマークが撮影、録画をしたいという申し出に答えてたら、泊まることになった今夜の宿決定その後一旦二人と別れ、オレは避難所各所を回った。3ヶ所回って出演交渉が決まったのは、市民会館。1番避難の方が多いとされていた総合体育館は、関東から来ているボランティア姉ちゃんに、鼻で薄笑いされながら『配膳の時間と重なる』と、断られた。次に行った中学校は、敷地に仮設住宅があり、校舎内での『引っ越し』が忙しく、申し訳ありませんと地元の先生が丁寧に対応してくれた。その後、隣にある市民会館で、地元職員で、カウンセリングなども行っている女性に事情を話したところ、なぜか即決、今からやりましょうってことになりましたお菓子、飲み物、チビッ子からは小さな折り紙の花。たくさん貰った。どうも行く先々で、いろんなものが貰える。
そういう見えないクーポン券でもあるのかないのか…途中、地元の友人で日本刀の研ぎ師修行中のタカ君が来てくれて、ライヴが終わってからタカ君も一緒に、ユミさんの家に向かったマークがすでに食事を作ってくれていて、みんなで食卓を囲みながらいろいろ話した。瓦礫撤去のボランティアをしているオーナーさんが帰宅して、娘さん達が高円寺に住んでいると聞いてびっくり。また本人も何年か高円寺に住んでたみたいで、オレの穿いてるスライダーのベルボトムを欲しがってました若いそして夫婦揃って、おおらかシャワーを浴びたあと、マークから、散歩に行かないかと誘われた。蛍、渓流のせせらぎ、小動物達の声、ひんやりと澄んだ空気。タカの巣を、そっと見守る。レンジャー出身だけあって、自然へのアプローチが、溶け込むように上手だった。帰って部屋に入る前に、2階にあるキャンプサイト(なぜか家屋の中にキャンプサイトがあるw日本離れな規模)マークから言われたのが、20CENTURYのドキュメント映画を配給する際に、協力してほしい。9月にハリウッドにいるビジネスパートナーと、スカイプで話してくれとのことだった。
←いや、話すったって、誰か通訳してくれよオレの英語はアヤシイんだから……そして、タケには精霊や守護聖人が付いてる、とも…そんなんわかんないけど、なんか七茫星の刻印を両手首と両足首に押され、額に油を塗られ、キリも香油塗られたこの日はたくさんの星を見たせいか、オレはぐっすり眠ってしまった。
翌朝、けたたましい犬達の鳴き声で目覚め、顔を洗い、散歩を手伝った。キリはミニチュアダックス、オレはラブラドールがお相手この二匹はお互いにヤキモチ妬きで、どちらかだけを構うとすごく吠えるし、ケンカするので、別々のルートを散歩した。でも、ゲージから出してしょっぱな、ウンコの世話は二匹分そっくりオレだった…パネェな…このあとラブラドールが、なかなかのボリュームのを2発やらかして、ずっしりとした袋になりました。
マークの作ったフレンチトーストを食べ、最後にユミさん、スタッフさん達、みんなで記念撮影再開を約束し、次なる地へと向かい、日記は続く…あ、おんなじ日、マークは福島の警戒区域へ向かうと言い、歩いて向かった。